大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和30年(ネ)685号 判決

主文

原判決中離婚請求を棄却した部分を取消し、慰藉料請求を棄却した部分を次のとおり変更する。

控訴人と被控訴人とを離婚する。

控訴人、被控訴人間の未成年の子鈴木稔、同鈴木富美子の各親権者を控訴人と定める。

被控訴人は控訴人に対し金拾万円及びこれに対する昭和二十九年四月三十日から完済まで年五分の割合による金員を支払わなければならない。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを四分し、その一を控訴人の負担、その余を被控訴人の負担とする。

事実

(省略)

理由

控訴人と被控訴人とが大正十年九月十二日届出により婚姻した夫婦であることは真正に成立したものと認める甲第一号証戸籍抄本により明らかである。

いずれも真正に成立したものと認められる甲第二、第三、第四、第八及び第十号証に原審証人荒牧信市、同久住呂クラ、同田中演昭、同甲中ヤヘ、同鈴木誠一、当審証人田代茂の各証言、原審竝に当審における各控訴本人尋問の結果竝に弁論の全趣旨を綜合すれば次の事実を認めることができる。

控訴人及び被控訴人は婚姻後肩書本籍地で農業に従事し、終戦後の農地改革により一町余反の自作農家となり、なおその頃から被控訴人は農事の傍ら牛馬商を営み相当の収益を挙げ、夫婦間には七人の男女子があつたが一家は平和で裕福な生活をすることができた。ところが昭和二十四年頃被控訴人は同村内に居住する田中ヤヘ(明治三九年一一月生)という未亡人とねんごろになつて爾来情交関係を続け、その後は同女方に宿泊することが多く、自宅に帰来することは次第に疎遠となり、自然農耕の方も殆んど顧みなくなつた。そして昭和二十六年頃自宅から約半里を距てた同部落内に建坪十三坪位の家屋を新築して、同所でヤヘと同棲するに至つて後は全く自宅を顧みなくなつてしまつた。右家屋は被控訴人の出費で新築したのであるが、これを田中ヤヘの所有名義とし、なお自宅屋敷内にある牛舎一棟建坪約十坪もヤヘに贈与したとてその所有名義とした。控訴人、被控訴人夫婦間の長男定一は独立して炭鉱で稼働し、二男誠次は大阪方面に出稼ぎし、四男治は被控訴人と共にヤヘ方に居住したので、控訴人は三男茂と共に農耕を続け、未成年の五男稔及び二女富美子を養育したが、被控訴人の前記の仕打に対し心中の苦悩は勿論容易ならぬものあり、親類の者が見かねて被控訴人に忠言しても被控訴人はヤヘとの離別を絶対に承諾せず、僅かに昭和二十八年三月頃その所有田地三筆計二反五畝位を控訴人に分与することを承諾したが、これもその後実行せず、却つて自己の他人に対する債務のため右田地に抵当権を設定し、なお他の一部田地も他人に売却処分した。同年九月頃被控訴人は控訴人等が居住していた旧来の本宅である家屋及びその敷地外畑、山林等を控訴人等には何も告げずして訴外人に売却処分したため、控訴人等はその買主から家屋立退を要求されるに至つた。前記二男誠次はその頃出稼先から帰来し、被控訴人及び四男治と共にヤヘ方に同居することとなつたが、同年十一月頃右父子三名で突然控訴人方に到り、家具、食器類、農具等を控訴人の意に反して強いて運び出し、ヤヘ方に持ち帰つた。昭和二十九年秋頃同じく右父子三名で控訴人等の耕作田の一部の稲を勝手に刈取り持ち去つたこともあつた。三男茂は昭和二十七年頃婚姻し、妻の氏である田代姓を称したが、引続き控訴人と共に本宅に居住したところ、前記のように該家屋が他に売却されたので、妻の実家の援助を受けて新居を構えることとなり、現在控訴人及び前記未成年の稔並に富美子と同居し、被控訴人は二男誠次及び四男治と共に田中ヤヘ方に同居中であるが、前記のような次第で控訴人側と被控訴人側とは感情的に極度の対立状態にあり、もとより生活上相互扶助の事実は全くない。茂は現在控訴人と共に約一町一反の農地を耕作し、その内田約二反六畝及び畑約二反九畝は被控訴人の所有名義であるが、該田畑には被控訴人の訴外人に対する数十万円の債務のため抵当権が設定されてあり、被控訴人は現在農事収入はなく、牛馬商や狩猟をして生計をたてているものである。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠なく又控訴人が被控訴人の不貞行為に同意したという証拠もない。そして右の事実によれば被控訴人の行為は民法第七七〇条第一項第一号第二号所定の離婚原因である「不貞な行為」及び「悪意の遺棄」にあたること極めて明らかである。そこで本件において右離婚原因の存在にも拘らず同条第二項によりなお婚姻の継続を相当と認むべき特別の事情が存するか否かについて考察する。甲第一号証戸籍抄本によれば現在被控訴人は満六八年、控訴人は満五二年に達していることが認められ、上記のように夫婦間には四人の成長した男子もあることであるから、被控訴人が真に前非を改め、直ちに訴外田中ヤヘとの関係を清算して控訴人のもとに復帰し、相共に老後の平和と幸福を図ろうとの決意を有するものであり、他方控訴人においてもこれに応ずるだけの寛容が期待し得られる事情にあるならば、これまで三十数年の長きに亘つた夫婦関係を今日に至つて断絶するよりも、このまま婚姻を継続するのが相当であるとも考えられるが、当審における被控訴本人尋問の結果によれば、被控訴人は現在右訴外人との関係を絶つ意思は全くなく、徒らに控訴人の忍従を要求するのみであることが認められるので、かような被控訴人の態度は男女両性の本質的平等を基調として夫婦関係を規律する民法の基本理念に背反すること余りにも甚だしきものといわなければならない。その他本件においてなお婚姻継続を相当となすべき特別の事情は認められない。

しからば控訴人の本訴離婚の請求は正当として認容すべきであり、夫婦間の未成年の子である五男稔及び二女富美子は前段認定の如く夫婦別居後も引続き控訴人が手許において養育しているものであるから、その他諸般の事情をも考慮し、いずれもその親権者を控訴人と定むべきものとする。

控訴人が年若くして被控訴人に嫁し、爾来三十数年に亘り一意内助の生活を続け、令五十を過ぎた今日に至つて破鏡の嘆をみなければならなくなつたについては、その蒙つた精神上の苦痛が極めて甚大であることは容易に推察し得られるところである。そして右はひとえに被控訴人の前記不法行為に基因するものであるから、被控訴人は控訴人の右苦痛に対し相当の慰藉料を支払う義務あること明らかである。そこでその金額について考えるに、前段認定の当事者双方の年令、境遇、資産状態その他一切の事情を綜合参酌し、その額は金十万円をもつて相当と認める。よつて被控訴人は控訴人に対し右金員及びこれに対する本件訴状が被控訴人に送達された翌日であること記銀上明らかな昭和二十九年四月三十日以降年五分の法定損害金の支払義務あるものである。

以上により控訴人の本件離婚の請求を正当として認容し慰藉料請求は右認定の限度において正当として認容し、その余は失当であるから棄却すべきであり、右と異る原判決はこれを変更すべきものとし、民事訴訟法第三八六条第九六条第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 竹下利之右衛門 小西信三 岩永金次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例